血管内で起こっていることの解明

NOが血管の内側で産生される。重要な発見をしたと思いました。
ルイス・J・イグナロ博士

最初の大発見に研究者としての喜び

林先生:人間の体内には、血管を広げて、その結果として血圧を下げる働きを持つ物質が存在することは分かっていました。しかしその正体が気体(ガス)である、しかも血管の最も内側で血流と接する一層の内皮細胞から産生されると突き止められた事は大変画期的で、飛躍的、劇的な進歩をもたらしましたが、多くの研究者たちの想定が及ばないところでした。 ところが、イグナロ先生はこれを、様々な角度から証明されました。当時、すごく精力的な仕事だと思いました。私自身、大学医学部で臨床の教室に属していましたから、ニトログリセリンを患者さんに投与する機会も多くその作用機序には以前から興味を持っていました。ですから、それが順次解明されていく過程には感動しました。研究の核となる一番の発見をしたとき、ご自身の感想はいかがでした?


イグナロ博士:非常に嬉しかったですね。今、林先生が言われたのは、アセチルコリンに降圧作用があることを発見したことについてですが、最初は、どのような物質がどのようなメカニズムで作用を表すのかに関心を持ちました。研究室で実験をするうちに、アセチルコリンが体内に入るとNOが産生されることが分かったわけです。さらに、動脈の内皮細胞がNOを産生すると分かりました。最初の大発見だったわけですが、この発見をしたときは恍惚感を覚え、非常に嬉しかったです。 NOは環境中では大気汚染の原因物質のひとつと言われるガスです。この同じNOが体内で産生されるというのは、大変な驚きであるとともに、重要な発見をしたと思いました。

「クレージー!」と言われて資金不足に悩む

林先生:研究の初期段階は、資金不足で研究を続けることが大変だったとお聞きしています。そのあたりはどのように乗り越えられたのですか?

ルイス・J・イグナロ博士

イグナロ博士:ニトログリセリンからNOを産生できることは、当時すでに分かっていました。NO研究に関して、たくさんのアイデアを持っていたのですが、私は薬理学者ですからNOの生理機能を研究したいと考えたわけです。私の研究室では、NOが体内にいろいろな良い作用を与えることに気付いていましたが、その中に降圧作用も含まれました。降圧作用の研究は、高血圧の治療薬(降圧薬)を開発することにつながりますので、できるだけ資金を獲得し、研究を拡大できないかと考えたわけです。研究費用に関してはいろいろなところに申請しました。かつて私が研究員として在籍したことのある米国国立衛生研究所(NIH)にも申請したのですが、「NOのような大気汚染物質の生理機能を研究するのはクレージーだ!」と断られてしまい、資金が出ませんでした(苦笑)。そこで、さまざまな地方の研究所からも資金を得たり、時には自分自身でも出資して簡単な研究から始めることにしました。まずは簡単な研究から論文発表し、それを多くの人に読んでもらうことで、世の中に自分の意見を広めたいと考えたわけです。実際それが叶いまして、最終的に大きな資金を得ることができ、研究を続けることができました。


林先生:私も論文を読んだ1人です(笑)。それまでのNOの論文は、世界中でもせいぜい年に数十報単位でしたが、先生がノーベル賞を受賞された前後には世界中のその年の論文の1%(約3000報)にものぼり、当時大きな話題になりましたね。それらの論文では、当時の先生の数々の論文が(私が加わらせて頂いたものも含め)参考論文として非常に多く引用されており、先生のご研究が如何に多くの方に感銘を与えたかが分かりますね。

体内でNOが産生される仕組みの解明

林先生:イグナロ先生らの研究によって、体内でNOが産生される過程において、アルギニンとシトルリンが関係していることが明らかになりました。この3つ物質の関係は、どこから導かれたのでしょうか?何か仮説を立てられたのですか?

ルイス・J・イグナロ博士

イグナロ博士:当初、我々の研究室で分かっていたことは、NOが体内で産生されるところまでです。どのように産生されるかという肝心の部分は分かっていませんでした。そうするうち、他の研究室で、体内におけるアミノ酸の一種であるアルギニンからNOが産生されることが発見されました。その発見に基づいて、我々のところでも、1つのアイデアとしてシトルリンが出てきたのです。 ここでシトルリンの背景を少し説明したほうが良いでしょう。まずアルギニンが、酸素とNO合成酵素により酵素的に変換されることでNOとシトルリンが産生されるわけです。当時、私の研究室にいた大学院生が、「もしかすると、シトルリンが体内でもう1度リサイクルされてアルギニンになり、さらにNOを産生するのではないか」と最初に考えました。 そのことを思いついた大学院生は自治領の出身者だったのですが、残念ながら自分が立てた仮説を検証することなく帰国しなくてはならなくなりました。他の研究者が代わって実験してみたところ、シトルリンがアルギニンへと変わり、さらにNOが産生されることが分かってきました。他の研究室と時期を争うように研究していたように思います。我々にとっては非常に大きな発見でした。どうすればNOの体内産生を増やせるのか、ずっと考えてきましたから。この発見でアルギニンやシトルリンを摂取すれば、NO産生が高まると分かったわけです。


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